駿州富士本宮浅間太神大宮司 富士又八郎
内容は、富士本宮浅間惣社(富士山本宮浅間大社)の修理費捻出のための勧進(三カ国)を富士又八郎に許可するものである。時は安政6年(1859)8月のことである。
この富士又八郎とは、「富士重本」のことである。つまり重本は浅間大社の大宮司であった。富士重本と言えば、駿州赤心隊の隊長であったことでも知られる。(小野1995;p.189)から引用する。
2月(註:慶応4年(1868))に入ると、東海道において戦略的に官軍の重要な一翼を占める尾張藩が、「勤王誘引係」を遠江に送り込んで政治工作を行い、その結果浜松藩の帰順を確定的なものにしたが、この誘引係は浜松の諏訪大祝杉浦大学・宇布見付神主中村源左衛門貞則・桑原真清らにも面会し、神職の協力をも取り付けることに成功した。桑原・大久保・鈴木および日坂宿神主朝比奈内蔵之進は、この尾張藩誘引係に随行して駿河神職の説得工作に従事し、このとき説得に応じた神職を中心として、報国隊と強調して活動する駿河赤心隊が結成されることになる。
そして同文献から赤心隊に関係するものを引用し、以下に一覧化する。あくまでも同文献は報国隊に連動したもののみ掲載しているため、赤心隊自体の事跡は別途調べる必要性があることは留意する必要性がある。
年 | 出来事 |
---|---|
慶応4年(1868)4.25 | 赤心隊と一同に吹上・紅葉山警衛を務める。 |
4.29 | 報国隊より27人・赤心隊より10人、御守衛大炮隊=御親兵に抜擢される。 |
6.2 | 城中大広間にて招魂祭執行。(中略)報国・赤心両隊神供役を務める。 |
6.27 | 富士亦八郎(赤心隊長)・朝比奈内蔵進等、天朝のため終身奉公を願い出る。 |
7.29 | 大炮隊員,報国隊・赤心隊への復隊を命じられる。 |
明治元年(1868)9.22 | 赤心隊員駿河草薙神社神主森斎宮,襲撃され負傷。 |
明治2年(1869) 6.29 | 東京九段に招魂社創建 |
東京招魂社については、以下のようにある(小野1995;p.190)。
6月2日には、戦没者の慰霊を目的として招魂祭が城中大広間で行われているが、この祭祀は、主として駿遠の神職たちが担っており、軍事面以外にも隊員は起用されていたといえよう。このことが、後の東京招魂社創建の前提をなしている。
また同文献を読むと分かるように、報国隊の面々は歌会等を通してネットワークを形成していたことが分かる。また古典の口釈などが頻繁に行われていることから、それが国学を背景とするネットワークであったように思われる。
実はこのような国学ネットワークというのは、富士本宮においても脈々と受け継がれてきたものではないのかとするのが、私の見解である。
(小野1995;p.161)に吉田家遠江国執奏社家として「浜松五社大明神」の「森家」が記される。この森家であるが、富士本宮と縁が深い。『浅間神社の歴史』より引用する。
第三十七代信章は遠江浜松五社明神神主森民部少輔の弟で数馬という。正徳5年10月選ばれて信時の第三女に配し、大宮司の職を継いだ。
つまり富士信章は森家の人間なのである。そして妻は富士信時の娘である。ちなみに富士大宮の富士氏は、途中で血脈を維持できていない。一方で関東の富士家は富士信忠以来の血脈は維持している。
この信章であるが、国学者の荷田春満の門人であったことでも知られる。そしてやはり歌を通してネットワークが形成されていたようである。それが分かる史料に『かのこまだら』がある。
『かのこまだら』は享保8年(1723)の奉納歌集であり、北風村盈の発案で沼津の住吉社/沼津浅間宮へ奉納したものである。その冒頭は信章のものとなっているため(上野1985;p.603)、信章は中心的存在であったと考えられる。ここに国学ネットワークを見出すことはできないだろうか。
というのも、北風家にそのような傾向を認めることができるのである。村盈がそうであったのかは分からない。しかながら、国学としての繋がりは見いだせるのではないだろうか。それが前提となったネットワークであったように思われるのである。
以下に信章の和歌を掲載する(上野1985;p.603)(上野1985;p.607)。
さまさまの 山はあれとも 雪白き ふしの姿に くらへむはなし/富士浅間大宮司中務少輔和邇部宿祢信章白雪の かのこまたらの ふる言も 残るかひある けふのふしのね/富士浅間大宮司中務少輔和邇部宿祢信章
- まとめ
- 参考文献
- 宮地直一・広野三郎『浅間神社の歴史』
- 黒板勝美編『新訂増補国史大系 続徳川実紀 第三篇』、1935、618頁
- 上野洋三編『近世和歌撰集集成第1巻地下篇』、1985、603-611頁
- 小野将「幕末期の在地神職集団と「草奔隊」運動」『近世の社会集団―由緒と言説』、山川出版社、1995、153-208頁