2011年7月25日月曜日

富士宮市という市名の由来

「富士宮市」という名称の由来はこのようなものである。(富士宮市HPより引用)

市ノ名称
富士宮市(ふじのみやし)トス
理由
大宮町富丘村ヲ廃シ、其ノ区域ヲ以テ新市ヲ置ク場合、其ノ名称ハ、当地ニハ駿河国一ノ宮官幣大社浅間神社鎮座セラレ、其ノ奥ノ宮ハ富士山頂ニ鎮座マシマシテ、一名富士ノ宮トモ称セラレ、往昔ヨリ人口ニ膾炙(かいしゃ)セラレ、依テ新市ノ名称トシテ真ニ相応シク、之ニ付テハ両町村共何等異議ナキヲ以テ、新市ノ名称ハ富士宮市(ふじのみやし)ト称ス。

膾炙→広く世人に好まれ、話題に上がって知れわたること
とある。これは内務省に対する提出文書であり、公的な正式文書です。

しかし、富士宮という所は「大宮」を中心としてきた地域で「大宮市」にしたかったのだが、埼玉県に既に「大宮市」が存在していたために登録できなかったといわれる。

「富士ノ宮トモ称セラレ」という部分は浅間大社が古来「富士の宮」とも呼ばれていたという意味である。全体的にはこんな感じである。

市の名称を「富士宮市」とする。
大宮町と富丘村を廃し新市を定めることとする。当地には駿河国一宮である浅間神社があり富士山頂にはその奥宮が鎮座している。浅間大社は別名「富士の宮」とも称され、人々に知れ渡る存在であった。この名称に両町村共に異論はなく、これをもって「富士宮市」とすることとする。

たしかに浅間大社は「富士の宮」や「富士宮」と呼ばれていました。
『今昔物語集』にある「富士の宮」
翻刻テキスト
そもそも大宮は、古来富士郡の大領(富士郡の最高地位)などが所在していた重要地で、「大宮城」(武田氏の滅亡の年に焼滅したと伝わる)や「大宮宿」(天正6年の今川氏下知状に既に見られる)などが形成されてきた地である。徳川幕府が代官を置いた地であったことからも重要視されていたのは間違いない。

察するに…
「大宮市」が使えないことを踏まえ模索する中で、「富士(の)宮」が「浅間神社の門前町」という地域像とも一致することから採用されたと考えられる。先人たちの地域像へのこだわりが垣間見れます。

富士宮(1867年)、大政奉還の年
つまり、とことん「地域色が強い名称」であると言えるのである。そして唯一「大宮町」としてのDNAを残せた「宮」という文字は市民の中でも大切にされている。

湧玉池畔に位置した割烹旅館「梅月」

  • 宮っ子
他にも市名に「宮」がつく地域があります。例えば栃木の「宇都宮」ですが、これも元は神社の「宮」(宇都宮大明神)から由来し、富士宮市と同様の例です。富士宮には「宮っ子」という言葉が存在します。他の地域はどうかみてみると、宇都宮市には「宮っ子チャレンジウィーク」なるものがあるくらいなので、やはり宮とつく地域には「宮っ子」という言葉が存在するようです。ゴロの良さなどもあると思いますが、「文化的なエリア」というものを潜在的に認識し、内外から呼ばれているのかもしれません。


  • 他市町村の由来
結構市名の由来は面白いものですよ。

静岡:賤機山→賤ヶ丘→静岡となったといわれる。山の名称から由来する。

焼津:日本武尊が東征の折に賊に襲われた。その時草薙の剣で対抗し火を放って難を逃れたことから。

熱海:ある時海岸から温泉が湧きでて白い煙を吹き出した。それを「熱つ海」といったことから。

御殿場:徳川家康が駿府に戻る旅路の途中、休憩所の御殿をこの地に置いたことから、または家康が没した後、日光東照宮へ運ぶ際に休憩所を置いたことによるとも。

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