- 昭和天皇
大正12年(1923年)7月27日の午前4時に須走(現在の小山町)に到着。そこから乗馬にて八合目に至る。八合目からは徒歩にて登られ、11時20分に久須志神社に到着。またそこから奥宮に歩かれ、浅間大社宮司(林治一)らと合流した。林宮司の先導により参拝を済まされた後、休憩を置く。そして天皇が持参していた金剛棒に焼印を行なったり、林宮司と話や食事をしながら時間を過ごされた。そして伝書鳩十数羽を放たれたという。午後1時に奥宮を出発され、お鉢巡りをされる。午後2時30分には御殿場口より下山された。このように須走口から登られ、御殿場口より下山されたようである。またこの際参拝もされているため、これは浅間大社の参拝歴として数えられる。先代の大正天皇も明治29年(1896年)に富士山本宮浅間大社に御参拝の経験があるため、浅間大社は天皇陛下に参拝を繰り返された神社とも言える。
- 秩父宮雍仁親王
- 皇太子徳仁親王
徳仁親王は、昭和63年(1988年)に一度御殿場口から富士登山を行なっている。しかし天候の関係で断念なされ、それから20年後の2008年に再度行い登頂された。2008年の富士登山では富士宮口から登られ、その後御殿場口に入り登頂している。
以下は皇太子徳仁親王のお歌である。
雲の上に太陽の光はいできたり富士の山はだ赤く照らせり
-皇太子徳仁親王-
徳仁親王の登山は資料を探し次第詳しく掲載したい。
- 参考文献
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