2026年6月24日水曜日

富士市では何故サルの群れの目撃例が多いのか、サル生息の歴史考

富士市においては、度々「ニホンザル」のニュースが話題となることがある。私も富士市にはサルのイメージがある。


例えば、以下のようなものが該当する。


「サルの群団」中学校に侵入 親子含む16匹 静岡・富士市 
毎日新聞WEB版 2019/9/9 16:31(最終更新 9/9 18:19)

 9日午前6時半ごろ、静岡県富士市の市立吉原北中学校にサルの群れが侵入し、校舎の壁などを伝って屋上の避雷針によじ登るなどした。同校によると、赤ちゃんザルを背負ったサルもおり、群れは計16匹だったとみられる。教員や近隣住民が見守る中、警察官らの誘導で約45分後に山の方に逃げていった。(以下略)


これらの題材を以って、富士市と「サル」の関係について考えていきたい。

  • 各調査から見るサルの分布

富士市におけるニホンザルの分布を示す資料として、大正12年(1923)の東北帝国大学による調査「全国ニホンザル生息状況アンケート調査」がある。この調査では、富士山周辺では山梨県南都留郡・静岡県駿東郡・静岡県富士郡から回答があったという。

では富士郡の調査結果はどのようなものであったのだろうか。まずこの調査では、山梨県南都留郡等では生息情報はなかったという。逆に富士山周辺で唯一生息情報が寄せられたのが富士市域である。(吉田2012;p.102)には以下のようにある。

静岡県側では富士郡須津村(現在の富士市中里付近)に少数の個体の目撃情報があったのみである。さらに富士郡上井出村(現在の富士宮市上井出付近)では、「十数年前までは多数棲息していたが現今はその姿はない」と記載されている。

周辺地域では生息しなくなったのに富士市域では認められるということは、それだけ生息のための条件が整っているということなのだろう。地図をみれば分かるように、富士市は富士宮市と比較すると北方の標高が高い。それが好環境となっているのだろう(「富士市の地理考、富士山と富士川水害と農業の関係や積雪地点や浮島ヶ原低地」)。

しかし上の記事にもあるように、現在富士市域では少数の個体どころか頻繁にサルが目撃されている。また周辺地域も無というわけではない。(吉田2012;p.102-103)には以下のようにある。

環境省自然環境局生物多様性センター(2004)によると、昭和53年(1978)の調査時には富士山にサルは分布していなかったが、平成15年(2003)の調査時には富士山南斜面にサルの分布が確認されている。これは、昭和53年(1978)に生息が確認されていた愛宕山の個体群が、北方に分布域を拡大し、富士山南斜面に移入したためと考える。

この論稿の筆者は、サルの分布の拡大により人間生活や生態系に深刻な影響をもたらす可能性があるとし、こまめなモニタリングと被害対策が必要であると述べている。それが、富士山におけるサルの保護管理にとって重要であるとしている。

  • おわりに
7:「富士市では何故サルの群れの目撃例が多いのか、サル生息の歴史考」

  • 参考文献
  1. 吉田洋(2012)「富士山の野生ニホンザルー分布の変遷」『富士山を知る辞典』、富士学会

2026年6月22日月曜日

富士市の方言・花一匁・旧暦風習・鬼決め歌について考える

本稿では富士市の「方言」「花一匁」「鬼決め歌」「旧暦風習」の4つを取り上げ、富士市の特徴を考えていきたいと思う。つまり"民俗回"である。



  • 方言


富士市の方言について史資料の側面から考えた時、先ず想起されるのは山中共古 『吉居雑話』であろう。これは民俗学者である山中が明治40年(1907)から同45年(1912)に吉原町に住んでいた際、同地で見聞きしたものを記したものである。ここに「吉原辺方言」(山中1984;p.101)と「大宮方言」(山中1984;p.28-29)が記されている。

「吉原辺方言」は「大宮方言」と比較すると記される例はかなり少ないが、『吉居雑話』には吉原の地で確認された童謡や歌などが多く記されており、あくまでも方言に限局した場合は少ないという話である。吉原辺の方言として、以下の3つが記される。

  • アカシヤ(ダボハゼ魚)
  • ヒルンベ(蛭)
  • ハンナ(花)

現在、これらは用いられているのであろうか?

また『吉居雑話』の与えた影響は大きく、柳田國男は1918年の論稿「農に関する土俗」で引用し、中山太郎は1925年の論稿「人身御供の資料としての「おなり女」伝説」で引用するなどしている。

また中山の名著『日本巫女史(にほんふじょし)』(1930年)でも複数箇所引用され、玉渡神社の虎御前伝承に関わるもの(中山2012;p.430)や、臭気の払いに関する考察の引き合いとして(中山2012;p.500)にて引用するなどしている。後者は、方言ではないものの、それに類するものと言える。

  • 花一匁(はないちもんめ)

花一匁については、Wikipediaには「江戸、明治、大正時代には同じ遊びが確認できない」とある。しかし、そうだろうか。例えば(山中1984;p.14)に、吉原の子どもたちの遊びの文言が記されているが、これは明らかに「花一匁」である(但し、「はないちもんめ」という言葉自体はない)。以下にその文言を掲載する。

吉原ノ子供遊ヒノ子買ヲ子カヲ、女ノ子供往来ノ左右ニ別レテイフ、

右 ヨーカ、コカ、
左 ドノコガホシイ
右 ヲ〇〇サンヲホシイ
左 ナニクレテソダツ
右 砂糖ノ饅頭
左 ソリヤ虫ノ毒ヨ
右 天カラヲチタカマボコ三キレ
左 ソリヤマタホ子ポイ
右 ホシテクレリ
左 チヨチヨムシタカル
右 アカイマントゝソエテクレル (イナイテコイ)カアカトトンデコイ

呼レシ子供向側ヘカケテ行キ、又クリカヘシイフテ遊ブ、

「子買ヲ子カヲ」は山中の言葉で、「子買わ 子買わ」と言った方が分かりやすいだろうか。よく意味が分からない部分もあるが、おそらく「右」が鬼の立ち位置で、「左」が鬼の要求に対抗するという問答の遊びと思われる。

以下に、私なりの解釈を示してみた。

右 ヨーカ、コカ :「子買い」の意味か?
左 ドノコガホシイ :「鬼」に対し要求したい人物を聞く
右 ヲ〇〇サンヲホシイ :「鬼」はそれを答える
左 ナニクレテソダツ :ただではあげられないと、要求する
右 砂糖ノ饅頭 :「鬼」は対価を示す
左 ソリヤ虫ノ毒ヨ :「虫ノ毒ヨ」の意味は分からないが、拒否していると解せる
右 天カラヲチタカマボコ三キレ 代替案としての「蒲鉾三切れ」か
左 ソリヤマタホ子ポイ :意味はよくわからないが、おそらく拒否だろう
右 ホシテクレリ  :意味はよくわからないが、おそらく要求する内容だろう
左 チヨチヨムシタカル :はやり拒否する
右 アカイマントゝソエテクレル (イナイテコイ)カアカトトンデコイ :「アカイマント」がとっておきで、もう流石に折れるだろうという流れ。「トンデコイ」はすぐこっちに来いという意味か?

この遊びの場合、双方が欲しい人を呼ぶものではない。一方がもう一方に要求する形である。しかも「鬼」が始める権利を有している。そして鬼でない陣は、自陣のうちの誰かを鬼が要求していると分かった上で話を進めている。

しかし、おいそれとは渡さない。ここのワードセンスやギリギリの要求が求められる遊びなのだろうが、「呼レシ子供向側ヘカケテ行キ」とあり、最終的には鬼に取られるのである。この運命は避けられない。やがて全員が鬼陣地となるのだろう。

この意味を考えていきたいが、これは男女の関係を示しているものではないだろうか。つまり男が女に欲しいと要求し、納得できる内容であったら了承するという構造なのではないだろうか。しかし声を掛けられた時点で、その後の運命は避けられないという意味も併せ持つ。

また、ネットで確認されるようなよりダークな解釈をすれば、身売りや人身売買のような意味もあるかもしれない。だからこそ、この遊びは全員女の子であったのかもしれない。「コカ」も「子買い」から由来すると考えた方が良いだろう。

つまり身売り・人身売買の摂理を遊びの中に落とし込んだもの、という見方も出来なくはない。花一匁は多くの例で双方が欲しい人を要求するが、この場合一方通行であるから、より不平等性を感じるものとなっている。むしろこれが花一匁の原型なのかもしれない。

上述したように明治期の伝聞等を記したものが『吉居雑話』であるため、明治期には花一匁ないしそれに類するものは確認されると考えたほうが良いのではないだろうか。

  • 旧暦

この辺りは現在も「ひなまつり」等は旧暦で執り行われるが、(山中1984;p.29)に「富士郡全体ハ旧暦ヲナス土地ニテ、旧ノ大晦日ハ吉原和田橋ノ辺ニ市立ツ」とある。

当時の世相から見ても、旧暦が残る地という印象がもたれていたようである。それが現在にも引き継がれていることが分かる。


  • 鬼決め歌


富士市の鬼決め歌は「ぎったんばっこん」が主流であったと考えられる。それは(美濃部2006;p.521)においても言及されているし、実際に私も富士地区において昔聞いたことがあるからである。末尾の「(資料)鬼決めアンケート結果」の「56」「78」「173」「203」「237」が、富士市に関するものである。

しかし(美濃部2006;p.525)にあるように、「柿の種」という言葉も富士市で認められる。この調査は手法があまり優れたものではないため何とも言い難いが、やはり主流は「ぎったんばっこん」であったと目される。

もっとも、現在は聞くことすらないように思われるが、どうだろうか。


  • おわりに

『吉居雑話』は現在の富士市域の風習等が多く記されるので、多くの富士市民に読んで頂きたい資料の1つである。それらから、現代に通ずるものを見出す作業も面白いと思われる。

6:「富士市の方言・花一匁・旧暦風習・鬼決め歌について考える」

  • 参考文献
  1. 山中共古 (1984)「吉居雑話」『諸国叢書』(No.1)、成城大学民俗学研究所
  2. 美濃部京子(2006)、「わらべうたの変容-鬼決め歌の変容から静岡県の位置を考える-」『中日本民俗論』、静岡県民俗学会
  3. 中山太郎(2012)『日本巫女史』(初版:1930)、国書刊行会