2026年7月10日金曜日

富士市は本当に落ち目なのか、裏ワザから見る富士市の姿とコストコ進出のデマ

富士市民の方々の話を聞くと「富士市は落ち目だ、もう駄目だ」という話が多く聞かれる。この部分について考えていくというのが、本稿の指向である。

確かに、富士市の人口は減り続けている。それを一番初めに指摘したのはおそらく私であり、「フジブログ」さんの「富士市の人口は減少に転じた!」においても紹介されている。当時、そのようなことを述べている人間は居なかった。ここで「秘密基地なブログ」とあるのが、私が以前運営していたメインブログである。

私は新年度の4月を基準として年単位で追って証明したが(4月1日現在で比較するのが慣例)、フジブログさんは「各前年同月比」を示す形で詳細に示し、また地区別でも追っている。10点満点の内容である。ちなみに当時の富士市職員が作成したスライド・資料には「増加している」とあり、市の現状が全く把握できていないことが垣間見えた。10点中大体3.5点くらいの資料が多い。

ちなみにこの次の年くらいから富士宮市も減少に転じている。実は富士市の方が減少に転じたのは早いのだ。そして富士市には映画館が無い。大きな商業施設も無い。大学も消えた。でもコメリはある。しかしそれを以って他の自治体と比較した際、相対的に富士市が衰退しているとは言えないのではないだろうか。

というのも、富士市の各指標を他の自治体のものと比較した際、特筆すべき下落はないと思われるからである。世の中には様々な指標が存在している。それらに通じている人ならば、工業であれば「製造品出荷額等」、商業であれば年間商品販売額等」が代表的指標であることは既知のことだろう。

そういう指標を並べて比較してもよいのであるが、それではつまらない。実はもう少し面白い方法があるので、ご紹介したいと思う。


  • 建築物環境配慮計画書から考える

静岡県は平成19年に「静岡県建築物環境配慮制度」を施行した。この制度は、一定規模以上の建築物(工場や商業施設など全部)を建築する場合、面積や環境負荷などを示した「建築物環境配慮計画書」の提出を義務付けたものである。そしてこれは一般に公表され、審査される。


富士市HP


簡単に言えば、大きな建物を建てる場合、届け出が必要なのである。ということは、その地に需要があれば、計画書がどんどん提出されるはずなのである。これを確認するという方法が「裏ワザ」である。ちなみに、商業施設の規模なども早期に公表されているので、ここを確認すれば誰よりも早く商業施設面積等の規模が把握できるといった裏ワザでもある。重ねて言えば、コストコ進出がデマであることも、ここを見れば一目瞭然であった。

そしてそれらを見るに、富士市はそれなりに需要があると判断するのが普通である。ここでは富士市と富士宮市を比較してみよう。


富士宮市HP



…と思ったが、富士宮市が全く仕事をしておらず、もはや「令和7年度届出分」の項目すらない(皆無とは考え難い)。富士市は「令和8年度届出分」すら存在するというのに。また富士宮市の「令和6年度届出分」は以前は見ることができたが、今は「Not Found」である。これでは届出の有無すらよく分からないし、内容も分からず、比較も難しい。本当に呆れるばかりである。

比較は諦めるとするが、富士市の例で考えた時、同じような規模で企業進出・新築が見られる自治体の方が少ないのではないだろうか。もっと言えば、計画書の提出が義務付けられる程の建築物は、ここ5年新規で無いという地域も全国ザラにあるのではないだろうか。

例えば近年も富士市には工場が多く建設されているし、富士宮市も「アクロスプラザ富士宮」が新規開業するなどした。こういうようなものが、もう10年くらい無いなんて地域の方が多いはずである。だから相対的にみて、衰退しているとは言えないはずである。もはや富士市は、相対的に見れば元気といっても過言ではない。むしろ危惧すべきは、文化レベルの方である。

  • 人口減少のペース

富士市の人口減少を問題視する先鞭となった私が言うのも何であるが、そのペース自体は思ったより緩やかと言えるのではないだろうか。


富士市HPより


私は今年くらいの段階では人口は24万人を切っていると考えていたし、もっと下回っていてもおかしくないと考えていた。おそらく転入も一定数有しているため、ここまでに留まっていると考えられる。

ちなみに、世帯数の増加より、人口が増加していることの方がよっぽど重要である。詳細な分析は、他にお願いしたい。


  • おわりに

本投稿の本質に直接関係はないが、富士宮市の姿勢がよくわからない。もう令和7年は終わった。なのに項目が無い。仮に新規に無かったとしても、項目は設けるべきだろう(皆無ということは考えづらい)。富士市は令和8年度の項目すらあるというのに。こういうところなのだ、としか言いようがない。

結論、落ち目は皆同じで、特段富士市が目立つというようなものでは無いということなのである。ちなみに富士市も富士宮市も、明らかに「年間商品販売額等」が弱い。簡単に言えば、消費が少ないのである。これが富士地区の弱点であったりもする。もし富士市に嘆くのであれば、消費をいっぱいして、「年間商品販売額等」に貢献するというやり方もあるのだ。

現在、富士市の市制施行60周年を記念し、シリーズとして記事の投稿を進めている。20記事くらいを予定しているため、是非ご覧いただきたく思う。

12:「富士市は本当に落ち目なのか、裏ワザから見る富士市の姿とコストコ進出のデマ」

2026年7月7日火曜日

富士市が舞台のゴジラ作品、えんとつ町の悪臭と市民エントツ調査

本稿では、世に出ている作品群において、富士市はどのような形で取り上げられているのかという点を見ていきたい。そして、その背景についても考えてみたいと思う。

(宮下2004)は、富士市を取り上げた近代文学を紹介している。とても参考となるものであるが、その中に以下のような箇所がある(宮下2004;p.40)。


その後、工業都市として富士市は発展したが、「新・東海道五十三次」(昭44)を著した武田泰淳は、大気と河川の汚染や悪臭等の公害の実態を見据え、一方で労働に従事する現地の人々への敬意も表明して、矛盾する両者を止揚するかのように巨大な風車の設置を夢想したりしている。

実は私は、この「富士市60周年シリーズ」を通して、ここでいうような「矛盾」を描出したいと考えている。そして現代の人間が象徴とするそれらが、果たして文明的な手続きを以ってなされたのかを再考する必要性があると考えている。

難しい話はいいとして、実際に『新・東海道五十三次』を見ていこう(武田1969;p.79)。

富士市で製紙工場と機械工場。(中略)「わたし。はじめは臭いなあ、臭いなあと思ってたけど、しまいには臭くなくなったわ

富士市に入った時は鼻をひんまげていた彼女が、富士市を出る時には平気になっていた

富士市は臭い…こんなことは当地の人間および周辺の人間であれば誰もが知っていることである。その証左といえるものが1992年の富士市による「市民エントツ調査」である。(秋山2024;p.14)には以下のようにある。

また、工業都市(静岡県富士市)の市民意識調査において、地元に「帰ってきたと感じるとき」を答えてもらう質問では、選択割合の大きいほうから、1位「富士山」に次いで、2位「エントツ群」、3位「におい」であり、「市のシンボル」についての質問では、同様に1位「富士山」に次いで、2位「エントツ群」、3位「田子の浦港」だった。「エントツをどう思うか」についての質問では、同様に1位「公害」、2位「紙の町」、3位「産業」だった。工場群の「エントツ」と「におい」について、公害のイメージと併存しつつ懐かしい地元のシンボルという両義性が社会意識にみられる。

つまり富士市民にとってはエントツは象徴であり、臭いものという認識が根強くあるということが分かる。富士市が正真正銘、真髄からの"エントツ町"であるということが分かる調査である。

この公害および悪臭は、ついにゴジラ作品の題材となった。それが伝説の映画『ゴジラ対ヘドラ』である。


この作品は年々評価が高まっており、もはやゴジラ映画の代表作の1つにもなっている。その一部シーンを見てみよう。

『ゴジラ対ヘドラ』の冒頭シーン

ヘドラによって被害を受けた富士市のエリア(途中情報)


このように、完全に富士市が舞台の作品である。題材となったというだけでなく、そもそも富士市が舞台となっているのである。文学・映像作品といったものにおいて、富士市の場合は「公害」という側面から取り上げられることが少なくなかった。この傾向は富士市固有のものである。

ヘドラという存在は、「田子の浦港ヘドロ公害」を回顧させるアイコンとして人々の中に存在し続けることだろう。

  • おわりに

11:「富士市が舞台のゴジラ作品、えんとつ町の悪臭と市民エントツ調査」

  • 参考文献
  1. 武田泰淳(1969)『新・東海道五十三次』、三陽社
  2. 宮下拓三(2004)「富士市・芝川町」、『静岡近代文学』19号 、静岡近代文学研究会
  3. 秋山憲治(2024)「感じ入る風景の発見と定型化-工場風景をめぐって-」『静岡理工科大学紀要』Vol.32