2026年7月7日火曜日

富士市が舞台のゴジラ作品、えんとつ町の悪臭と市民エントツ調査

本稿では、世に出ている作品群において、富士市はどのような形で取り上げられているのかという点を見ていきたい。そして、その背景についても考えてみたいと思う。

(宮下2004)は、富士市を取り上げた近代文学を紹介している。とても参考となるものであるが、その中に以下のような箇所がある(宮下2004;p.40)。


その後、工業都市として富士市は発展したが、「新・東海道五十三次」(昭44)を著した武田泰淳は、大気と河川の汚染や悪臭等の公害の実態を見据え、一方で労働に従事する現地の人々への敬意も表明して、矛盾する両者を止揚するかのように巨大な風車の設置を夢想したりしている。

実は私は、この「富士市60周年シリーズ」を通して、ここでいうような「矛盾」を描出したいと考えている。そして現代の人間が象徴とするそれらが、果たして文明的な手続きを以ってなされたのかを再考する必要性があると考えている。

難しい話はいいとして、実際に『新・東海道五十三次』を見ていこう(武田1969;p.79)。

富士市で製紙工場と機械工場。(中略)「わたし。はじめは臭いなあ、臭いなあと思ってたけど、しまいには臭くなくなったわ

富士市に入った時は鼻をひんまげていた彼女が、富士市を出る時には平気になっていた

富士市は臭い…こんなことは当地の人間および周辺の人間であれば誰もが知っていることである。その証左といえるものが1992年の富士市による「市民エントツ調査」である。(秋山2024;p.14)には以下のようにある。

また、工業都市(静岡県富士市)の市民意識調査において、地元に「帰ってきたと感じるとき」を答えてもらう質問では、選択割合の大きいほうから、1位「富士山」に次いで、2位「エントツ群」、3位「におい」であり、「市のシンボル」についての質問では、同様に1位「富士山」に次いで、2位「エントツ群」、3位「田子の浦港」だった。「エントツをどう思うか」についての質問では、同様に1位「公害」、2位「紙の町」、3位「産業」だった。工場群の「エントツ」と「におい」について、公害のイメージと併存しつつ懐かしい地元のシンボルという両義性が社会意識にみられる。

つまり富士市民にとってはエントツは象徴であり、臭いものという認識が根強くあるということが分かる。富士市が正真正銘、真髄からの"エントツ町"であるということが分かる調査である。

この公害および悪臭は、ついにゴジラ作品の題材となった。それが伝説の映画『ゴジラ対ヘドラ』である。


この作品は年々評価が高まっており、もはやゴジラ映画の代表作の1つにもなっている。その一部シーンを見てみよう。

『ゴジラ対ヘドラ』の冒頭シーン

ヘドラによって被害を受けた富士市のエリア(途中情報)


このように、完全に富士市が舞台の作品である。題材となったというだけでなく、そもそも富士市が舞台となっているのである。文学・映像作品といったものにおいて、富士市の場合は「公害」という側面から取り上げられることが少なくなかった。この傾向は富士市固有のものである。

ヘドラという存在は、「田子の浦港ヘドロ公害」を回顧させるアイコンとして人々の中に存在し続けることだろう。

  • おわりに

11:「富士市が舞台のゴジラ作品、えんとつ町の悪臭と市民エントツ調査」

  • 参考文献
  1. 武田泰淳(1969)『新・東海道五十三次』、三陽社
  2. 宮下拓三(2004)「富士市・芝川町」、『静岡近代文学』19号 、静岡近代文学研究会
  3. 秋山憲治(2024)「感じ入る風景の発見と定型化-工場風景をめぐって-」『静岡理工科大学紀要』Vol.32

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