「是冨士山根本の浅間也、木花開耶姫を祭る、(中略)境内桜多し…」
このように浅間大社もコノハナノサクヤビメを主祭神としてきた。現在も境内には桜が多く植えられているが、昔からそうであったようである。しかし、コノハナノサクヤビメが主祭神とされるようになるのはより後期のことであるといわれている。
コノハナノサクヤビメ |
- 浅間神社の祭神が木花之開耶姫とされるのは江戸時代以降
北口二合目の御室浅間神社には尊像(1740年)がある。 女神像で、その上部に大日如来像をあしらってあるという。厨子には年紀とともに「仙元大菩薩」の尊名が刻まれている。「浅間」を「仙元」と書くのはたいてい角行系のものだという。鎌倉時代には「青衣の天女が浅間大明神を称した」との記述や、有名な都良香の『富士山記』には「白衣をまとった2人の美女が舞い踊る」というような描写をしている。このような女神像が重なって、江戸時代以降に主祭神として祀られるようになったのかもしれない。
- 木花之佐久夜毘売命を富士山の神とする記述
- 火の神なのか水の神なのか
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